いきる、いきろ、いきるんだ、生きていたら時間だけが過ぎた。ただただ生きていたら時間だけが経過して私の内面は変化しないのに見た目だけ老けた。甘くておいしいみかんを食べた。冷蔵庫に入れてたものだけら冷たくて余計においしい。美味です。palatableです。私は田舎に家を建てたい。田舎にシンプルな外装でシンプルな中身の家をたけたいです。周りには自然が広がってる。玄関は昔みたいに余計に広くしたい。靴脱ぐところと、脱いで部屋までに通じる廊下をひろくしたい。玄関には網戸をつけたい。そして住まいは北がいい。福井、富山、新潟、石川、長野、岐阜、北海道とか。とにもかくも田舎。それか都会に近い田舎。よくわからん。どこにすもうかな。結局は親しい人が多いとこに住むのが幸せなんだろう。家はコンクリートか木にする。床の色は明るくする。窓をこれでもかってくらい取り入れる。複雑な構造の窓はいらない。出窓なんてもんは醜いだけなので作らない。狭いベランダも作らない。庭は作る。でも何も置かないし、何も植えない、特に花は絶対に植えない。気持ち悪い虫の温床になるので。。それは本当に無理なので。キッチンの水道は大きくしたい。そしてまな板置くところも広くしたい。IHにする。オーブンはキッチンの下に設置したい。外国式。食洗器も下に備え付けたい。両方とも外国並みに大きいものを。冷蔵庫もバカでかいのがいい。でも中にはあまり入れない。調味料も無駄なものは買わない。食材も買わないのがいいな。食べるものは作り置き、なんでも手作りしたい。外食なんてしないで外食並みのご飯作りたい。うふふ。みかんがね、めっちゃくちゃあんまあああい。皮はもろ緑なのに中身はこれでもかってほどにあっまい。おいしい。palatable。もう一度大学受験をしたい気持ちが消えない。でも将来が消える。大学受験をすることで得られないものが発生する。それは社会人としての経験、若さ、お金、時間、結婚、出産、安定、親を安心させられない。これだ。東北大学の医学部に行きたいと考えている。そこで医学を身につけて75歳くらいまで医者として働きたいと思っている。定年を過ぎでもなお働きたい。本で「終わった人」をよんで将来がとてつもなく怖くなったの。まだまだ自分はやっていけるような自信があるのにもう社会からは完全に不要な人としての扱いを受け、あとはもう死に向かって不要となった人間として同じような人間と共に最期の暇つぶしを「健康」に気をつかったふりをして生きていかないといけない。これって何のためなの。年を取って何のための人生だったのかを振り返って誰も頭の中に出てこないような人生は嫌だ。個の人とこんなことをした、はなした、こんな人と仲良くなったし、気があったし、笑ったし、一緒にいて楽しかったし、喧嘩したし、憎みあったし、本当に嫌になったとか。なんだかもう薄い人間関係を私は求めていない。薄い人間関係なんて本当になんの 意味もない。