せとかいもたら

大学に入学して四年が過ぎようとしている。僕の人生は傾斜した。希望と共に入学したはずだ。僕の人生は暇と自由によって掌握され蝕まれていた。じわじわ首を絞められていたので、絞められていることにすら気が付くことができなくて、死にかかっている今ようやく自らの状況を飲みこんだ。傾斜を下りに下った僕。下っている実感はあった。取り戻せないところまで来ているなんて。僕は何を見ていたのだろうか。自分をごまかしてきた罪、現実を生きなかった罪、嘘を誠とすり替えた罪。全て自分に返された。今を生きる事。生きているのに生きていないような感覚に陥ることの怖さ。どこを生きているのかわからなくなる。社会から抹殺されたような感覚で生きていた。真実は僕の中からいなくなったようで実はずうっと僕の中にいた。気が付かなかった。大学に頼りすぎた、環境に頼りすぎた、今までが今にも通じるのだと確信して失敗した。何も変わらない。大学は個々人を変えてはくれない。大学は学ぶ場を提供してくれてるだけ。だれも頼れない。自分で何とかするしかない。頼ったら溺れる。責任なんてあるようでない。大学生になりバイトをして自分が社会の底辺にいるのだと思い知らされる。サラリーマンの卵なんてふわふわした幻想に包まれてきた愚か者。社会人の卵。だから今は社会の底辺でも気落ちしないと楽観視していた。そんな事ないのに。現在もこれからも実力がないとずっとロボットのような生き方をせざるを得なくなる。ああ、津軽海峡冬景色。ぱっぱらぱあ。