いま

人生の価値が露呈し死にたくなり、お前はまた死に逃げるのかと、怠け者だなと言われています。生きる場所がどこにもないなんて考えられませんね。たった100円でも人は恵んではくれません。たった100円、無駄遣いしたことあるとおもいます。でもその100円に泣く時が来る気がしています。お金と時間と自分の価値と人生と目標。なんかみんな重たすぎて私には関係のないことみたいに感じています。みんなが就職活動に精を出している中私は就活のことをバカにしています。生きていることがばかばかしい。なんでみんな死なないの。とばかり思っていました。働きたい奴は働いて死にたい奴は死ねばいい。そんな社会だよね。死にたいならあなたはそのままの貴方でもいいけれど、今あなたがここで死なない選択をするのならば(いくら心の中で死を熱望しても)生きることに責任を取らねばならない。責任とは「生きるを作ること」「形に残る、誰かから理解してもらえるような何かを生み出しながら生きること」「プラスに働区何かを自分のものに常にしながらいきること」自由も自然も美しさも動物的自由もこの世界で生きるのならば許されない。私の生きる世界では不要で邪魔なものらしい。不要なものは排除されていく。どんなに良くてもいらないから切り捨て。それが不服だと言っているうちは何物にもなれない。この世の不公平と理不尽を受け入れたふりをしながらも腹の底で別世界を構築し自分らしく生きるのが正解。組織の力は個人よりも強いことは明白だ。個々人で生きていてもその世界は必ず滅ぼされる。世界に1つしかない世界に自分しかいないのだから、周りに染まらないと傷つけられるだけだよね。